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第39話 実家に帰るヴィオレット

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-06-18 11:51:22

◆◆◆◆◆

ルーベンス家の馬車が邸宅に到着すると、ヴィオレットとリリアーナはアルフォンスに導かれ、懐かしい書斎へと案内された。

長い一日の緊張が解けたのか、二人はソファーに深く座り、安堵の息をつく。

「ここは…落ち着くわね。」

ヴィオレットが呟くと、リリアーナも隣で小さな声を漏らした。

「私もこの部屋好き~。」

その幼い声にヴィオレットの口元が緩む。そんな二人を気遣うように、アルフォンスは使用人に指示を出した。やがて運ばれてきた紅茶と焼菓子を見て、リリアーナの目が輝く。

「わあ! おいしそう!」

娘の無邪気な姿を見て、ヴィオレットも自然と微笑みを浮かべた。紅茶を一口含むと、いつもの味であることに気付き、顔を上げる。

「……エレノア!?」

驚きの声が書斎に響いた。そこに立っていたのは、アシュフォード家の侍女だったエレノアだ。彼女に気付いたリリアーナは歓声を上げ、勢いよく飛びつく。

「エレノア! 会いたかった!」

エレノアも優しい笑みを浮かべ、リリアーナを抱きしめる。その光景に唖然とするヴィオレットの前で、レオンハルトが飄々とした声で説明した。

「エレノアの主は兄貴だ。妹の結婚生活を心配するあまり、アシュフォード家に何人も手下を忍ばせてるらしいぞ。ヴィオレットが好きで好きでたまらないらしい。なあ、兄貴。」

「黙れ。」

アルフォンスが一言で制する。そのやりとりに、ヴィオレットは久しぶりに心の底から笑った。何の気兼ねもなく、昔のように笑い、ほんの少し涙を流す。

アルフォンスはその姿を見て、ようやく安堵の息をついた。そして、落ち着きを取り戻したヴィオレットに今回の事件の概要を説明する。

「……そのようなことが。」

ヴィオレットが静かに頷きながらも、どこか申し訳なさそうに尋ねる。

「でも、私とリリアーナがここに来てしまったら、兄上の結婚が遅れてしまうのでは?」

アルフォンスは少しだけ目を伏せて答える。

「問題ない。」

『ヴィオレットと結婚したい』と心の中で強く願いながらも、その言葉を口にすることはできない。その横でレオンハルトが二人を見つめ、胸に小さな痛みを感じていた。彼もまたヴィオレットに想いを寄せているのだ。

アルフォンスは気持ちを切り替えるように立ち上がった。そして、壁一面に並ぶ本棚から一冊の書物を取り出すと、リリアーナに差し出す。

「これを贈らせてほしい。父親からの贈
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